STORY

クラフト温泉
誕生物語

温泉のコペルニクス的転回

湯治にすっかり夢中になった僕は、毎日これに入りたいと思った。
「みんなが毎日湯治をしたら世界のヘルスケアが変わる」
そう確信した三田は、湯治のライフスタイル化をゴールに温泉の研究に没頭する。
ただ、温泉はその場へ出向かなければ使用することができない「非日常」の典型だ。タンクローリーで運ぶことも考えたが、それでは再現性に乏しく、ましてや海外の人たちに提供することなど不可能だった。
僕は人生で最も話をしたのは、両親でも妻でもなくダントツで自分自身なのだがこの時ほど自分と対話を続けた時間はなかった。自問自答を繰り返す中、僕はひたすら全国の数百種の源泉を片っ端から調べては分析を続けた。
陰イオン、陽イオンの羅列をインプットして解析を繰り返す中で、ある日突然共通項があることに気づく。内容成分に一定の法則があったのだ。
僕は仕事柄石油の精製について知識があったので、ここに気づくことができたのだけど、難しいことは置いといて、この共通項(僕は「コモディティ」と呼ぶ)がライフスタイル湯治において決定的に重要な概念だったのだ。

「温泉は天然資源である」

この事実に気づいた瞬間、これまでの地産地消という温泉の固定観念が180度ひっくり返った。のちにクラフト温泉と呼ぶ技術のコンセプトが生まれた瞬間だった。


温泉シェール層の発見

ウイスキーやビールは大麦、コーヒーは豆がその味(品質)を決めるが、温泉はその風土が泉質を決める。その過程はまるでコーヒーのようだ。
大地に雨が降り、数億年かけて熟成された土壌の中を、これまた数千万年という途方もない期間をかけゆっくりとドリップして出来上がった温泉は、風土の歴史そのものだ。三田はこう思った。

「温泉をドリップしたら濃縮温泉ができるのではないか」

それ以来、温泉ではなくその周囲の地層を巡る日々が始まった。ただ、その一歩は大変険しいものであった。風土にどんな成分が入っているのかも、何がどう作用しているのかもわからない。自宅に作った工房に日々温泉と鉱石を運び込み、タンクでドリップをする毎日。タンクからはただ温泉の蒸気が立ち上るばかりで、何も出てこない。家中に硫黄や鉄の匂いが立ち込める中、近所の人たちから「あの建物の住人は怪しいクスリを作っているらしい」と訝られた。
それでも試行錯誤を重ね、数百種類の中から、温泉に溶け出す鉱石を発見、その地層を温泉シェール層を名付け、2013年、クラフト温泉は完成した。これを用いた体験型の都心湯治場を西麻布と鎌倉にオープンした。Le Furo TOJIの誕生である。

温泉はミネラルのスープ