STORY

日本の湯治を
世界のTOJIへ

Prologue 湯治前夜

製油所

湯治に出会うまで僕は米国の金融機関で働いていました。石油関係のトレーディングに関わっていたため日夜数字やニュースを追いかける生活でした。

数字こそが正義であるという欧米の合理主義にどっぷり浸かっていましたが、一方で元々総合商社にいたこともあり、資源が乏しい日本においては原油等の価格変動リスクを金融工学を用いてマネジメントすることは「国益」に叶っているという自負もありました。

2011年の「あの日」までは…

Episode1 震災と変化

湾岸製油所も火災に見舞われました

2011年3月11日、大震災が東北地方を襲いました。
その時僕は出張で名古屋にいたのですがその日は帰宅ができず名古屋へ泊まりました。
翌週オフィスへ戻ると世の中が一変していました。
当時勤めていた六本木は夜になると真っ暗になっていました。文字通り世の中が真っ暗でした。

そんな時、僕は導かれるように湯治に出会いました。

石油などの国際商品市場は基本的に24時間ずっと取引が世界各地で行われていて、相場はその時々の政治や地政学などのニュースで大きく値動きをするのですが、
震災は相場関係者からみると大きな「マーケットイベント」に該当し相場が激しく動きます。
その中で当時僕がいた会社は大きな収益をあげたのでした。

企業なので鋭利を追求することは間違ってはいませんが、「国益」と信じてやってきた僕の価値観は大きく崩れました。
自分の価値観はいったいなんだろうかと深く考える期間でした。

Episode2 1年半待ちの湯治との出会い

僕は物心がついた時から温泉が身近にあったので温泉は一つの趣味だったのですが、その時行った玉川温泉に出会ってその考えが一変しました。

まず予約を入れた時点で1年半の予約待ち。。半ば忘れかけていた時に行ったのですが、とにかくその効能の強さに衝撃を受けました。自分が「健康」だと思っていた考えが180度変わる、文字通りヘルスケアにパラダイムシフトが起きたのです。

僕は湯治に夢中になりました。

これはシックケアじゃなくヘルスケアとして全世界の人たちが日常的に使えるようになったら世の中の健康の概念が変わると確信しました。
そこから仕事以外の時間のほぼ全てを使いあらゆる文献や論文を読み漁り温泉の泉質を決める「ミネラル」というキーワードにたどり着きました。
温泉成分=ミネラル=ヘルスケアの最重要要素と僕の中で結論づけられた瞬間でした。

Episode3 自宅ガレージで創業

予約待ちを1年半して都内から片道半日かけて数日逗留することは簡単なことではありません。これでは日常生活でヘルスケアに活用することは到底夢物語でした。
一時は湯治場に掛け合ってお湯を売ってもらってタンクローリーで運ぶことも考えましたがそれではライフスタイルにはなり得ません。
「地産地消」という天然温泉の最も素晴らしい特徴がここでの大きなハードルになりました。

そんなとき、僕は一つの論文を見つけました。
そこには鉱石の中にあるミネラル成分を液化抽出し土壌に戻すことで昔のような肥沃な大地を再び取り戻す実験について書かれていました。
僕は思わず「これはすごい温泉だ!」と叫びました。

すぐにその製造工場に行き私の考えを伝えたとき、工場長はこうおっしゃいました。

「この液体は全国の温泉をカクテルして濃くしたようなものだね」

僕はこれをシェール温泉と名付けTOJIを始めるために起業を決意します。

でも場所がない。。

都内でテナントとして湯治施設をやりたいと言うと門前払いばかり・・
万策窮して困り果てていたある日、スティーブ・ジョブズの訃報が飛び込んできました。
彼のファンだった僕は、彼の本を読み返しました。
そこで、ふっと頭に浮かぶのです。

自宅のガレージで始めよう。

2012年4月。ルフロが産声をあげた瞬間でした。

Last episode 日本の湯治を世界の TOJIへ

2013年10月、自宅のガレージを改装してLe Furo TOJIはスタートしました。理念ありきで始めた事業なので当初は苦しいことばかりでしたが、僕にはこの絶対的な強い信念があるので楽しくやっています。

「フィンランドにSAUNAがあるように、
 インドにYOGAがあるように、
 日本にはTOJIがあるんだ

Le Furoは世界中に日本の湯治-TOJI-を広げる取り組みをこれからもしていきます。

日本の湯治が世界のTOJIになる日を夢みて。